環境・食・生活を疑う【mirror-japan】

表があれば必ず裏がある。メディアでは報じられない事実や、常識の裏に潜む真実を深掘りして発信する探求型メディア。

 

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がん治療の現実|私たちが疑わない抗がん剤と医療の構造

医療と数字

現在、日本人の2人に1人が「がん」になると言われています。

えっ…2人に1人!?そんなに多いの!?

そして、この事実に応えるように、自治体や職場からは「早期発見」を目的としたタダ、あるいは低価格で受ける健康診断が強く推奨されています。

無料、あるいは低価格で受けられる検診の窓口は広がり、受診のハードルが下がる一方で、私たちは「受けないことへの不安」が大きくなり受けたことへの安心を求めているのも事実ではないでしょうか。

たしかに…健康診断の通知が来たらちゃんと受けなきゃって思うよね。

検診を受けること自体は悪いことじゃないわ。
でも、受けたからもう安心、ビジネスの側面がないって気持ちになるのはちょっと注意が必要ね。

ふん、ビジネスねぇ。現場からすれば『がん』は早期に見つけて治す。そのための健診だろ。医療の正当な仕組みを否定するのは危険だぜ。


さて、ここで一つの疑問が浮かびます。「見つける」ための仕組みはこれほどまでに整のっているのに、なぜ「がんにならないための根本的な予防」について、国や公的な機関は同等の熱量で取り組もうとしないのか、という点です

確かに!病気にならない方法って自分でアプローチしないと誰も教えてくれないかも…

この記事ではがんを発見して治す前に、がんになるのを防ぐ視点があまり重視されていない現状に疑問を投げかけていくわ。

おいおい、国や病院は『確実な根拠』がないことは推奨できないだけだぜ。自分でやるのは勝手だが、ネットの出所不明な情報を鵜呑みにするのと『予防』は別物だ。

そこんとこ、履き違えるなよ?


ですが、一般企業が利益をあげないとなりたたないのと同じように、病院だって収入がなければ経営が成り立ちません。

そこには、もちろん病院経営というビジネスの側面が深く関わっています。

命を守る場所だけど、同時にお金が回らないと病院を続けられない現実もあるのよね。

そして、現代医学において抗がん剤が有効な症例は存在し、現場で命を救うために尽力する医師も数多くいます。しかし、現実は「抗がん剤一択」とも取れる過剰な使用が常態化している側面も否定できません。

抗がん剤でちゃんと助かってる人もいるけど…みんなに使いすぎってこと?

そう。必要な人にとっては大切な治療だけど、もう一方の患者さんの治療に本当に抗がん剤が必要なのか疑問視される場合もあるのよね。


私たちが自らの命を守るためには、提示された選択肢をただ受け入れるだけでなく、その背景にある構造を理解し、多様な知識を持って「自ら選択」できるようにならなければなりません。

任せきりじゃなくて、治療の意味を知ったうえで選択することが、自分を守る力になるのよ。

顧客を創り出す「健康診断」・「人間ドック」

えっ…顧客を創り出すってどういうこと?病院って患者さんの病気を治す場所だよね?

日本の医療費が45兆円を突破し、国家予算を圧迫し続けている現代において、「がん」に関連する費用だけでも年間4兆円を超える巨額の資金が動いています。

この巨大なマーケットの一部が、健康診断や人間ドックです。

一見、国民の健康を守るための取り組みに見えるこれらの検診システムですが、経済的な視点から覗くと、そこには「顧客(患者)を継続的に創出するための仕組み」という、極めてビジネス的な側面が浮かび上がります。

うーん…なんか急に難しくなってきた…結局どういうこと?

簡単に言うとね、健康診断や人間ドックは健康を守る仕組みであると同時に、ずっと病院に通う人を生み出す仕組みにもなっている、ってこと。

人聞きが悪りぃな。放っておけば手遅れになるヤツを、一刻も早く『患者』として、治療ルートに乗せるのが健康診断。病院の使命に決まってんだろ。

「病気」を定義し、市場を供給する検診の役割


現在、医療現場では「人間ドックが病気を作っている」という指摘が一部の専門家から上がっています。その根拠の一つが、検査における「数値設定(基準値)」のあり方です。

病気を定義するって…病気って罹ったら自然に病名が決まるものじゃないの?

実はね、どこからが異常な数値なのかは人が決めている部分も多いの。


かつては「加齢による自然な変化」とみなされていた数値が、ガイドラインの変更によって「異常」と定義され直すことで、一夜にして数百万人の「健康な人」が「治療が必要な患者」へと書き換えられます。


基準値をわずかに操作するだけで、新たな患者がマーケットに供給される仕組みが構築されている、現状があるのも事実です

えぇ…昨日まで元気なつもりで生活していたのに、急に予備軍って言われたらショックだなぁ…。

基準が変わるだけで、立場が変わる人がたくさん出るってことなのよね。

いいや。それは操作じゃねぇだろ。じゃあ、放っておいて高血圧や高血糖で血管をボロボロにしていいってことか?データから基準を厳しくするのは、重症患者を減らすためだ。

昨日まで元気だったから大丈夫、なんてのは考えが甘いんだよ。


医師の間でも、「診断結果を鵜呑みにして処方される薬によって、かえって体が毒され、副作用という名の新たな病気を生んでいる」という懸念については、激しく意見が分かれています。

薬の全部が悪いわけじゃない。けれど、自分にとって本当に必要な薬かを考えることが大事よね。

医療の構造:病院・製薬会社・国による「一体のキャッシュフロー」

病院と製薬会社、国の切っても切れない、構造的課題は昔から存在します。

長年続いてきた仕組み自体の問題みたい。

おい。『利権』なんて言葉で片付けるんじゃねぇ。製薬会社が新薬を開発しなきゃ、助かるものも助からねぇ。国だって、医療を守る義務があるんだ。病院が収益を上げなきゃ、形態も維持できないし、お前らが救急車で運ばれた時に受け入れられなくなるんだぜ。

これは『悪』じゃなくて、社会を維持するための『循環』なんだよ。

製薬会社

高額な抗がん剤が開発・承認されると、1回の投与で数十万から数百万円という莫大な売上が発生します。

製薬会社にとっての顧客は医師であり、検診による早期発見は、高額商品の「販路」が拡大することと同じ意味があります。

販路の拡大? 商売なんだから当然だろ。売上がなきゃ、新薬の研究費も出ないんだよ。

国は増大する医療費を削減したい一方で、製薬産業を経済成長の柱として保護し、雇用や税収を維持しなければならないという密接な関係があります。

結果として、高額な薬を保険適用として認可し続け、経済の循環を止めない道筋となっています。

経済の循環を止めるわけにいかないのは、国として当たり前の判断だ。医療費削減と産業保護、全体でバランスを保つんだよ。

病院

病院は、診療報酬や薬価差益を通じて、収入を得ます。

特に高額な自由診療や高度な検査機器を持つ病院ほど、その利益に依存せざるを得ない経営体質になっていることが多くあります。

批判は簡単だな。じゃあ聞くが、赤字で潰れそうな病院に命を預けられるか? 適切な検査をして、認められた薬を処方する。その正当な対価で経営を回して何が悪いんだよ。

医療は私たちにとってなくてはならない場所であるのと同時に、一つの巨大な「産業」です。国民が健康になり、誰も病院に来なくなれば、製薬会社は倒産し、病院は経営破綻し、国の一大産業は崩壊します。

この「経済の循環」を維持するためには、常に新しい「患者」が必要になる、といった面もあります。

えっ…みんな元気がになると困る世界って…変じゃない?


「早期発見」の影で、医療経済学的なニーズに基づいた「患者の創出」が行われているとも同じ医師からの意見もある中、この「表」「裏」を理解した上で、私たちは自分の健康をどの情報に委ねるべきかを選択しなければなりません。

ただ誰かに言われたことを信じるだけじゃなくて、自分で考えないといけないんだね。

知った上で自分で選択するというのが、この話の大事なテーマなのよ。

「白い巨塔」と標準治療の硬直

病院

90年代、に社会現象を巻き起こしたドラマ『白い巨塔』。
名誉と権力を巡る大学病院内の凄絶な抗争を描き、「組織のメンツやルールが命より優先される実態」を暴いた物語です。


小説のストーリーではあるものの、現代の大きな病院における現場には、『白い巨塔』が描いた世界と地続きの問題を抱えています。

特に大学病院などの巨大組織において、治療の指針となる「標準治療(ガイドライン)」は、絶対的な「鉄則」として君臨しているのです。

えっ…ドラマの話と今の医療に似たことがあるってこと?

全てではないけど、一部重なる部分があるって指摘されているのよ。

ガイドラインの遵守と「保身」

大組織においてガイドラインを守ることは、単に医学的妥当性を追求するためだけではありません。

それは、医師個人が「法的な責任」や「医局内での立場」を守るための防波堤でもあります。

もしガイドラインから外れた独自の治療を行えば、その医師は組織内で厳しく指針逸脱を問われ、キャリアを絶たれるリスクを負います。結果として、現場では「組織のルール(標準治療)に合致しているか」が優先されるのです。

それじゃあ病気に対して効果的なアプローチを見つけたとしても、なかなかチャレンジできないじゃないか。

そんなん当たり前だろ。標準治療は、臨床試験の結果から出された『現時点で最も正しい治療法』だ。個人の感覚でギャンブルみたいな治療されてぇのか?そんなんよっぽど無責任だろ。

命がかかってんだ。失敗は許されない。組織のルールを守ってナンボだろ。

医療の多くは命がかかっているからね。失敗が許されない世界だから、どうしても慎重になるのもわかるでしょ?

「腕のいい医師」よりも「資金を運ぶ医師」

病院 部屋

日本の医学界には、古くから指摘されている構造的な課題があります。
それは、「独自の知見で難病を治す、腕のいい技術者としての医師」よりも「組織のルールを忠実に守り、製薬会社から資金を作れる医師」が、高く評価されるという事実です。

実力だけじゃなく、組織への貢献度が評価されやすい世界なのよね。


もちろん、全ての病院が利益のみを優先しているわけではありません。組織の重圧にさらされながらも、患者一人ひとりの人生に真摯に向き合い、現場で必死に闘っている医師や病院は数多く存在します。


しかし、個人の良識だけでは抗いきれないほど、巨大病院の「利益至上主義」が肥大化している側面も、否定できないのです。

「いい医者」とは何だろう

こうした組織の不自由さ、そして標準治療の限界から、腕のある医師でも組織を離れるということが起きます。

彼らは個人クリニックを開業し、保険診療の枠に縛られない「自由診療」の世界で、がんの「根本治療」に取り組む道を選んだ方も多くいます。

自ら学び、選択しようとする患者たちの間では、こうした「組織から脱出した開業医」たちが提示するガイドラインとは異なる知見が存在するのも事実です。

病気に対する考え方はひとつじゃないんだね。

医療の標準治療を理解した上で、異なる見解がなぜ存在するのか。そして、どちらを選択するか。それを見極めていくことも必要なのではないでしょうか。

病気との付き合い方をしっかり理解した上で自分で選択することが重要なの。

「抗がん剤」が、なぜ日本で主役なのか

日本の医療現場を俯瞰したとき、一つの奇妙な現象に気づきます。

それは、欧米諸国がすでに「抗がん剤の限界」を認め、治療の舵を大きく切り替えている一方で、日本だけがいまだに「3大治療(手術・抗がん剤・放射線)」、とりわけ抗がん剤への固執を続けているという点です。

1988年:NCIによる「抗がん剤」=「増がん剤」報告

がん治療の歴史において、衝撃的事実の一つが、1988年のアメリカ国立がん研究所(NCI)による報告です。

1988年って…かなり前じゃない?

いいところに気づいたのね。
医療は日々進歩しているから「1988年当時の情報」として見る視点も大切よ。


NCIは数千ページに及ぶ報告書の中で、「抗がん剤」は、がんを一時的に縮小させるものの、がん細胞に反抗的な遺伝子変化を起こさせ、かえってがんを悪性化・増殖させる『増がん剤』になり得る」という旨を公式に認めました。

この報告を受け、アメリカは国を挙げて代替療法や食事療法、生活習慣の改善へとシフトし始めました。


その結果、アメリカのがん死亡率は1990年代をピークに減少に転じています。

そしてそれとは対照的に、標準治療(3大治療)の枠組みを頑なに守り続けてきた日本では、がん死亡者数が増え続けているという、残酷なまでの日米格差が生まれています。

えっ…日本と海外で治療の方法がそんなに違うの?
知らなかった…。

アメリカが抗がん剤を減らせたのは、検診受診率が8割近くて『叩かなくていいがん』を選別できるからだ。逆に日本は検診を後回しにして、進行してから駆け込むヤツが多すぎるんだよ。

『予防』より、根拠が確実な『標準治療』を回すのが、より多くの命を救うための最短ルートに決まってんだろ。


抗がん剤の負の側面も述べましたが、決して「抗がん剤は絶対悪である」というわけではありません。治療によっては抗がん剤の使用をすべきケースももちろんあります。

よかった…全部ダメってわけじゃないんだね。


ですが現在、過剰に使用されているのは事実。

大切なのは、「病院が勧めるから」という受動的な理由ではなく、「その投与によって得られるメリット(延命・治癒)」と「デメリット(副作用による生活の破壊・免疫力低下)」を、自分で決める知識を持つことではないでしょうか。

人によって、必要な治療は違うの。医師としっかり話し合ったり必要ならセカンドオピニオンを受けたりしながら、納得できる選択をしないとね。

1931年:発見された「がんの弱点」

医療がこれほど進歩した現代において、私たちはなぜ、いまだに「がん」という病を根本から克服できないのでしょうか。

たしかに…薬も機械も日々発達してるのに、なんでなんだろう?

そのヒントは、今から約100年以上前、1931年にノーベル生理学・医学賞を受賞したドイツの生理学者、オットー・ワールブルク博士の発見の中に隠されています。

がんの正体は「代謝異常」だった

ワールブルク博士が解明したのは、がん細胞の極めて特殊な生物学的特性、ワークブルク効果といわれるものでした。

  • 糖を餌にする: がん細胞は、正常な細胞が酸素を使ってエネルギーを作るのに対し、酸素を使わずに「ブドウ糖(砂糖)」を大量に分解してエネルギーを得る。

  • 低酸素・低体温を好む: がん細胞は低酸素状態、かつ35度台の低体温環境で最も活性化する。

  • 熱に弱い: 39.3度以上の熱を加えると、がん細胞は死滅する。

つまり、がんは単なる「運の悪い遺伝子の変異」ではなく、私たちの体内の環境が生み出した「代謝の異常」であるという事実です。

体の中の環境…って、生活習慣とも関係ありそうだね。

理屈はわかる。でもな、エビデンス(根拠)が弱すぎる。病院が食事指導に力を入れないのは、儲からないからじゃねぇ。それだけでがんが消えるって証拠がねぇんだよ。

まず先に標準治療だ。食事で治ったら医者なんかいらねぇだろ。



なぜ、現代の病院はこの「弱点」を突かないのか

日本の診療報酬制度において、薬の処方や検査には高い点数がつきますが、丁寧な食事指導や生活習慣のアドバイスに対する報酬は極めて低く設定されています。

えっ…生活習慣のアドバイスって大事そうなのに、評価されにくいの…?

制度上、そうなっている部分があるのよ。
だから現場の努力だけでは変えにくい面もあるの。

当ったりめぇだ。生活習慣のアドバイスなんて、患者が家でサボればそれまでだろ? 確実性のない指導に国が血税を払えるかっつーの。病院は『結果が保証できる治療』をして、その対価をもらってんだ。予防なんて普段から自分でしやがれ。



病院もまた、従業員の給与を払い、高額な医療機器を維持し続けなければならない一つの「経営体」です。もちろん利益をあげなくては、倒産してしまうリスクもあります。

時間がかかる割に利益の出ない「予防」よりも、効率的に「検査と投薬」を回す治療を選択せざるを得ないのです。

だからこそ、治療と同時に自分でも生活習慣を見直したり、疑問を感じたら相談したりする姿勢が大事になるのね。

病気に着目するか・人そのものに着目するか

がん治療において、私たちは「ガン(悪性腫瘍)」を消すことばかりに躍起になりますが、西洋医学と東洋医学の視点で考えると、現在の治療がいかに「火事の現場で火を消さずに煙だけを払っているか」という矛盾が見えてきます。

ちょっと難しいけど…病気の根本が残ってるってこと?

そうね。
目に見える部分だけじゃなく、病気の原因になる背景を探してなおしていく考え方ね。


西洋医学の「表」と「裏」

事故による外傷や救急救命といった緊急事態における外科的処置は、人類の寿命を飛躍的に延ばしました。
――出血を止める、骨をつなぐ、臓器を手術する、細菌を薬で抑える
これが西洋医学です。

しかし、がんは、性質が違います。
多くのがんは、たばこ、食事、運動不足、肥満、感染、遺伝など、さまざまな要因が長い時間をかけて重なって発生します。

いろんな原因があるんだ…。

がんという病気は原因が1つじゃないことも多いのよ。



つまり、突然できるというより「過程の結果」として現れることが多い病気です。
「腫瘍」だけを取り除いても、原因となる体の状態が変わらなければ、再発や転移の可能性は残ります。


これはごく自然な考え方ではないでしょうか。

治療と同時に、体全体のバランスを見る視点も大切なの。




なぜ、現代の標準治療において、これほど重要な根本的・予防的観点が欠落しているのでしょうか。

病院の火消しに全てを委ねるのか、自ら火種(原因)を絶つ知恵を持つのか。
がんとの向き合い方、「自分の人生の主導権」をどこに置くべきなのでしょうか。

全部病院にお任せってわけにいかないんだね…。




また病院では、熱が出れば「辛い時に使用してください」と安易に解熱剤を処方します。しかし、無理に熱を下げれば、がん細胞が最も好む、低体温の環境をつくってしまう可能性も指摘されています。

症状を抑えるための薬が、免疫を妨害している側面があるのです。

薬って、いい面も悪い面もあるんだね…。

そうなの。
だから正しい知識を持って納得して使わないとね。



「断食」という選択肢

近年、一部の医師や研究者の間で、断食(ファスティング)が体の代謝や免疫に与える影響について研究が進められています。

体内環境を整える一つの方法として紹介されることもあり、完治したといった体験談や症例報告が書籍などで語られているのも事実です。

体験談って…ついつい信じたくなっちゃう。

でもね、体験談は個人差が大きいし結果の保証はないってことをわかった上で聞いてね。



がん細胞はブドウ糖を多く消費する特徴があるため、食事量や糖質摂取を調整することで体内環境に変化が生まれる可能性があるという考え方もあります。


これは、がん細胞がエネルギー源として糖を異常に欲する「ワールブルク理論」にも合致する考え方です。

空腹の時間をつくり、体の代謝を切り替えるというこの方法は、体内環境に変化を与える可能性があるとしてがんの弱点を的確に突いている場合があります。

断食を試すなら、必ず主治医や専門家に相談してからにしましょうね。
正しい知識を持たない自己流はおすすめできないわ。

体力が落ちているがん患者が、自己判断で断食なんてしてみろ。免疫力が下がるどころか、一気に衰弱して命を落とすぞ。ネットの極端な成功例に惑わされて病院の治療を拒否するのが、一番手遅れになるパターンなんだよ。やるなら医者を納得させてからにしやがれ。





「知識」という武器を身につける

医療を敵にするという話ではありません。
いまも現場で、目の前の命と真剣に向き合っている医師がいることも確かです。

ただ現実として、現在の仕組みは

「病気を減らすこと」より

「病気を管理し続けること」に価値が生まれやすい構造になっています。

本来評価されるべきなのは、

人を回復させた医療

病人を減らした取り組み

そして健康を取り戻させた知恵のはずです。
そうした行動がきちんと評価される社会であってこそ、本当の意味で健康な国といえるのではないでしょうか。

それこそ理想の医療よね。



その中で、私たち自身がしなくてはならないことは自分の体について知り、考え、選ぶ力を持つことです。

そして病院は症状や病気に対応する場所であって、体の土台や日々の生活までゆだねることはできないということを忘れてはいけません。

全部おまかせじゃダメってことかぁ…。


予防も、日々の選択も、自分の手の中にあります。

提示された情報をそのまま受け取るのではなく、

調べ、比較し、考えて選ぶ。

その積み重ねが、自分と大切な人の未来を守る力になります。

ちょっとずつでいいんだよね。自分の体についてもっと勉強するよ!

その気持ちが、いちばんの財産ね。


主導権を誰に預けるのか。
それを決められるのは、いつでも自分自身です。

この記事を書いた人

プロフィール写真食・環境・医療のテーマを10年以上にわたり独自に調べ続け、WEB業界で長年培ってきた情報リサーチ・編集の経験を活かしてこのサイトを立ち上げました。調べれば調べるほど、メディアや教科書が「当たり前」として伝えてきた情報の裏に、見えにくい構造や利害関係が潜んでいることに気づきました。2人の子どもを育てる母として、子どもたちが口にするもの・吸う空気・飲む水の安全性をとことん追いかけてきたことがこのサイトの原点です。「表があれば必ず裏がある」という視点で深掘りした情報を、同じように疑問を持つ方々へ届けるため、一次資料に基づいたコンテンツを発信しています。